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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(オ)116号 判決 1954年11月05日

上告人 控訴人 原告 藤田一男(仮名)

代理人 原口憲治(仮名)

被上告人 被控訴人 被告 藤田美子(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人原口憲治の上告理由について、

原判決の認定した事実によれば、本件当事者は昭和一五年○月婚姻をした夫婦であるところ、上告人は昭和二一年○月頃上告人を嫌つてそのもとを立ち去り、爾後引き続き別居して同居を肯ぜず、その間昭和二六年一月頃には富原静子と事実上の婚姻をなし、現にこれと同棲しているものであり、一方被上告人には、多少の欠陥はあつても取り立てていう程のものではなく、同人はひたすら上告人の復帰を期待して貞節を守つているというのであるから、仮に所論の如く本件当事者間の婚姻関係の継続が事実上困難になつているとしても、そのようなことになつたのは、もつぱら上告人の行為に起因しているといわなければならない。かくの如く民法七七〇条一項五号にかかげる事由が、配偶者の一方のみの行為によつて惹起されたものと認めるのが相当である場合には、その者は相手方配偶者の意思に反して同号により離婚を求めることはできないものというべきであるから、論旨はこれを採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)

上告代理人 原口憲治 の上告理由

第一点(法律解釈の誤)上告人は原審において、上告人は昭和二一年○月以降被上告人と別居し、其間同居審判、扶養料教育費の調停事件などあり、昭和二六年○月頃訴外富原静子と事実上婚姻同棲し、今日に至つている。此の八年間の永きに亘る被上告人との別居生活は最早や事態を既往に返すに由なく、将来も到底其見込がないものであるから、この現実の状態は民法第七七〇条第一項第五号に所謂婚姻を継続し難い重大な事由に該当するものであると主張している。ところ、原判決は其理由に於て、上告人は被上告人と昭和十四年○○月○○日結婚式を挙げて事実上夫婦として同棲し……同十五年○月○○日出征、同二十年○○月復員して同居し……同二十一年○月被上告人の許を立ち出たので、夫婦生活は前後を通じて一年余りに過ぎず、其間七年間の空白時代もあつたのであるから、多少の不満があつても、子供もあるし、今暫くの間円満な夫婦生活を営むよう努力すべきであるにかかわらず、軽卒に飛出し何等解決策をはかることなく、他の女と同棲して被上告人の復帰を困難ならしめたものであるから婚姻を継続し難い重大な事由がありとなすことは法律上許されない。としている。

然れ共、民法第七七〇条第一項第五号に所謂「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」とある離婚原因は、必ずしも離婚を訴える者に欠点なく、相手の配偶者に欠点ある場合のみに限定されるのではなくして、客観的に見て婚姻を継続し難い重大な事由のあるときの一切を含むものと解すべきである。上告人が被上告人に不満を感じ昭和二十一年○月家出してから既に八年間別居し、其間上告人は被上告人との間に終止符を打つ為め他の女と同棲して居る。従つて今後も被上告人との夫婦生活復帰を期待出来ない状態にある。此の現実の事実は婚姻を継続し難い重大な事由とされねばならないことは明かであると信ずる。仮令当事者の主観的方面で、被上告人に於て猶ほ未憐があり(実際には寧ろ上告人に対する恨みと、上告人の現に同居している女に対する嫌がらせとであろうが)上告人の復帰を望んでいるとしても将来見込の無い現状を永久に続けさせることが妥当と言えるであろうか。原判決は此将来上告人の復帰の可能性がありや否やについての審理考究を尽くすこともなく、却て暗に到底其の可能性のないことを肯定しながら、なほ被上告人の希望のみに重きを置いて上告人の主張を排斥していることは全く別居発端の事情にとらわれて、現在の実態を無視し、牽いて右法条の解釈を誤るに至つた違法がある。原判決の如くならば上告人、被上告人は今後何十年間一方の死滅する迄現状を持続するのほかないこととなるのであつて、これは人情に反し、客観的にも不自然な状態と言わねばならない。原判決は被上告人に同情し、その意思を重んじている様であるけれ共、現状の継続は当事者双方に毫末も幸福を斉らすものではない。客観的に見れば被上告人も亦年と共に不幸を増すだけである。上告人は原審に於ても出来る限り金銭的慰藉の用意あることを述べたのであるが、これこそ唯一の解決策であり、双方安心幸福の途であると信ずる。原判決は此の点において法律の解釈を誤つた違法があり破毀を免れないと思料する。

第二点(審理不尽、実験則違反)原判決は其理由において、七年間の別居生活も夫婦の双方が離婚を希望しているならもとかく、本件の場合の如く、当事者の一方が未だ相手方に対する愛着をすてずその復帰を熱望しているときにはたやすく離婚を正当視されない。としているが、夫婦関係は一方的の愛着のみで成立、継続するものではないことは多言をまたぬところである。従つて夫婦の一方に未だ愛着があるからというのみで相手方の主張を排斥することは不当も甚しい。本件に於て、上告人は被上告人に対し現在全く愛情を冷却しているし、前叙の如く他の女と事実上婚姻をしていて、将来も心境の変化を来たす見込のないものとせられるのである原審が此の点につき十二分な審理考究を払うことなく、漫然一方的な愛着に重きをおいて上告人の主張を排斥したことは、審理不尽であり、世の実験則に反するものであつて破毀を免れない。

第三点(審理不尽、実験則違反)原判決は其の理由に、上告人が几張面な性質であるのに被上告人がそうでないところから、被上告人の欠点が誇張されているが、被上告人に取立ていう程のこともなく、いわば平凡な主婦であり、被上告人に上告人主張のような欠陥が多少あつたとしても、そのことのために婚姻を継続し難い重大な事由となる程度のものでない。としているが、夫婦間の事は感情極めて微妙で、同棲する当事者には局外者が取り立てて言う程でもない相互の多少の欠陥が、甚だ堪え難いものである場合も少しとしない。世上一般に「夫婦の性格の相違」などとして軽く扱われるものが斯様の場合に当ることが多いのであつて、表面荒立つた争いはなくても同居生活に堪え難い場合もあるし、朝夕喧嘩が絶えないのに夫婦生活が続けられるものもある。当裁判所は離婚事件については特に此の様な点を重視して勘案しなければ、形式的な審理に堕し真の裁判は出来ない。原判決が本件当事者の如上の性格の相違と、其の夫婦生活に及ぼす影響の重大さなどについて慎重の考慮を欠き漫然上告人の主張を排斥しているのは、実験則を無視し、審理不尽の違法あり破毀せらるべきものと信ずる。

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